人に教えるときは、相手の常識を知ろう

こんにちは
はした鳥です。

 

相変わらず人に教えるのが下手で
いろいろ試行錯誤しています。

 

「人に教える」とか「教える 上手」とかでGoogle先生に頼ってみると、
こんな感じの内容になっていました。

 

・相手と同じ目線で~
・相手の気持ちになって~
・相手が理解できるレベルで~
etc…

 

といった、自分だけでなく「相手」つまり教わる側についても
考えておかないといけないといけないような記事がたくさん出てきました。

 

他にも、「物腰が柔らかい」とか「話を最後まで聞いてくれる」とか
教える側単体で完結するものもありましたが、
教わる側についての配慮は必ずといっていいほどどの記事にも登場しています。

 

まぁ実際、僕は僕だし「相手の気持ち」とかわからんよと思ったのですが、
とりあえず、自分が教わる側になった時にどうしているかから考えてみました。

 

僕が教わるときはこんな感じです。
①話を聞く
②全体の概要を箇条書きで書き出す
③書き出した項目に対して、具体的な内容を書く
④確認のため、教えてくれた人に内容を説明する

 

④の段階で、教える側と認識齟齬があると指摘があるわけです。

 

本来は①の時点で④の工程が発生しないようにすべて解決するべきなのでしょうが、
僕にはそんな優秀な頭脳は備わってないので一度整理する必要があるのです。

 

この②、③の工程をするときに自分の言葉で表現し直すのですが、
過去の経験本などから得た知識から聞いた内容を理解し、
自分が普段使っている表現に置き換えています。

 

ここまで考えてみて、やっとぼんやりと「相手の気持ち」とか
「相手の立場」が何なのかが見えてきたのですが、
要は「自分の常識」と「相手の常識」を合わせることだと思うのです。

 

ここで、常識とは

常識(じょうしき)は、社会の構成員が有していて当たり前のものとしている。社会的な価値観、知識、判断力のこと。また、客観的に見て当たり前と思われる行為、その他物事のこと。
出典:常識 – Wikipedia

とありますが、「社会の構成員が有していて当たり前のもの」であるとしても、
常識には大なり小なり個人差があるものだと思います。

 

環境、年齢、経験などさまざまな要因があると思いますが、
重要なのは価値観、知識、判断力に差ができることです。

 

教えるときには自分と相手に生じる「常識の差」をどう解消するか
ということが重要なのでは、と思います。

 

「相手の常識」にアクセスするためには、
もっと相手を知らなければならないみたいです。

 

つまり、コミュニケーションとろうぜ!ってことですね。
僕にはハードルが高そうです。。。

 

今日はここまで。
おやすみなさい。

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